#59『心霊現象:笑った幽霊』 | Life Compass

#59『心霊現象:笑った幽霊』

その日の早朝、僕は一本の電話によって眠りから目覚めた。

電話の相手は、僕の母親だった。
動揺しているのが、電話の声から伝わってくる。
「田中さんのところの太郎君が昨日の夜、自ら命を絶ってしまったの。今すぐ迎えに行ってあげて…」

「分かった。大丈夫、後は俺に任せて。」
そう言って僕は電話を切った。

なぜこんなことになってしまったのか、
太郎君の身に一体何があったのか、
そして太郎君のご両親に一体どんな言葉をかけてあげればいいんだろう、
僕は自分自身に「冷静になれ」と言い聞かせながら、家を飛び出した。

 


田中家とは僕が小学生の頃からの家族ぐるみの付き合いであり、お正月も一緒に過ごすほどの仲。
僕自身も田中家のご両親には、本当に良くしてもらっている。

その田中家の太郎君が、自ら命を絶ってしまった。
そして太郎君のご両親から僕の母親に連絡が入り、葬儀業界の人間である僕に太郎君の見送りを全て任せたいと言ってこられた。

すぐさま僕は迎えの寝台車を手配し、太郎君の元へと駆け付けた。
そこには、太郎君のそばに寄り添い、気丈に振る舞われるご両親の姿があった。
そしてその姿を目の前にした僕は、情けないことにご両親に対して何一つ言葉をかけてあげることができなかった…

 


時を遡ること数時間前――

太郎君の件で母親が僕に電話をしていた頃…
僕の姉の家ではちょっとした異変が起きていた。

姉が朝の支度をしていると、まだ幼い姉の娘が突然
「太郎君がいる」
そう言い始めた。

不思議に思い、姉は
「太郎君、どこにいるの?」

そう尋ねると、姉の娘は上の方を指さし、
「あそこ、あそこに太郎君がいるよ」
そう言った。

その時、姉の電話が鳴った。
それは母からの電話で、この時初めて姉は太郎君の死を知らされた。

電話を切った後、姉は再び娘の方へ向き直り、
「太郎君、まだいる?」
そう聞くと、姉の娘は
「うん、まだいるよ」
そう答えた。

「ところで太郎君、どんな顔してる?」
最後にそう聞くと、姉の娘は
「泣いてる、太郎君、泣いた顔してるよ」
娘は一言、そう答えた。

そして実は、まだ幼かった姉の娘は、これまで一度も太郎君と会ったことが無い。
いや、名前すら知らないはず…

 


その日の夕方、太郎君の通夜が行われた。

通夜の前、姉の家族が会場へと駆け付けた。
棺の周りを囲んでみんなで話をしている時、ふと姉が娘に
「太郎君、いる?」
そう聞いた。

「うん、いるよ」

「太郎君、どんな顔してる?」
再びそう問いかけると、
「太郎君、笑ってる。お父さんとお母さんが迎えに来てくれて、嬉しいって笑ってるよ。」
姉の娘は、あどけない顔でそう答えた。

 


この話は葬儀業界に入って10年目ぐらいの頃に、実際に僕が経験した話です。

これまで何度も人の最期に立ち会ってきましたが、未だに慣れることはありません。
もちろん現場に出た時は、プロとして感情はコントロールしますが、気を抜くと感情の渦に飲み込まれてしまいそうになることも未だにあります。

僕はこれまで、自ら命を絶たれた方の葬儀も、幾度となく担当してまいりました。
その度に思うのは、「自ら命を絶つという行為は、想像以上に周りの人間の心を破壊してしまう」ということ。
そして壊れた心を回復させるには、想像以上に長い時間がかかる。

とは言っても僕自身も、かつては「この世から消えてしまいたい」そう思いながら生きていた人間の一人ですので、偉そうなことは言えないかもしれません。

でも――
あの日、「太郎君、笑ってる」と言った姉の娘の言葉を聞いて、僕は少しだけ救われた気がした。
“命は途切れても、想いは消えない”
そう教えてもらったような気がしたのです。

太郎君を思い出すたびに僕は、「生きることの痛み」と共に「生き続けることの尊さ」そして「人は誰かに支えられながら生きている」ということを改めて感じる。
人は、誰かの想いに触れた時、初めて“生かされている”ことを知るのかもしれません。
そしてその気づきこそが、亡き人からの最後の贈り物なのだと思います。

そして今日もまた、僕は人の生と死の間に立ちながら、一人の人間が生きてきた証を丁寧に見届けていこうと思います。

 

※登場する人物名等は、すべて仮名とさせていただいています。