人といると、なぜか疲れる。
会話をしているだけで、エネルギーがどんどん奪われていく感覚。
特に何か嫌なことを言われたわけでもないのに、家に帰るとグッタリしてしまう。
もしあなたがこんな経験をしているなら、それはあなたのメンタルが弱いからでも、コミュニケーション能力が低いからでもない。
あなたが内向的な性質を持っているからです。
そして、その疲れやすさは、実は深い洞察力や共感力の裏返しでもある。
僕自身、本来はかなりの内向的な人間です。
人と接すると、妙に疲れる。
特に感情が動いた時、エネルギーをごっそり持っていかれる感覚がある。
でも僕は20年以上、葬儀という人の死と向き合う仕事を続けてきました。
遺族の方々の悲しみや怒り、後悔といった激しい感情の渦の中に身を置き、それを受け止め続けるということをしてきました。
普通に考えれば、内向的な人間には最も向いていない仕事のはずです。
それでも続けてこられたのは、ある重要なことに気づいたからです。
なぜ、人といると疲れるのか?
内向型の人は、外部刺激に対する反応が敏感です。
同じ出来事でも、外向型の人より多くの情報を処理し、より深く感情が動く。
だから疲れやすい。
そして特にエネルギーを奪うのが、ネガティブな感情です。
不安、怒り、恐れ、焦り。
こうした感情が生じると、脳は「戦うか逃げるか」のストレス反応を起こします。
これは生存本能として必要な反応ですが、その分エネルギー消費も激しい。
さらに厄介なのが、ネガティブな感情は「反芻思考」を引き起こす。
「あの時、ああ言わなければよかった」
「なぜあんなことを言われたんだろう」
同じことを繰り返し考えてしまう。
この反芻思考が、さらにエネルギーを奪っていく。
気づけば一日中、そのことばかり考えて、心身ともに疲れ果ててしまう。
最も恐ろしいのは「意味のなさ」
かつて、ソ連の強制収容所では、こんな拷問が行われていました。
囚人にスコップを渡し、A地点の土を掘ってB地点まで運ばせる。
翌日になると、今度は昨日運んだB地点の土を、また元のA地点まで運ばせる。
そしてまた次の日も、その次の日も、ひたすらこれを繰り返させる。
これは肉体的な拷問ではなく、精神的な拷問です。
自分のやっていることに何の意味も見出せない。
どれだけ頑張っても、何も生まれない。
囚人たちは次第に精神が崩壊していったと言います。
人間にとって最も恐ろしいのは、苦しいことではなく、意味のないことなのです。
そしてこれは、内向的な人が人と接する時の疲れにも、実は深く関係しています。
あなたが疲れる本当の理由
内向的な人が人といて疲れるのは、多くの場合、こんな状況ではないでしょうか。
・周りの期待に応えようと、本心ではない言葉を口にする
・相手の顔色を伺いながら、自分を抑えて会話する
・「こう振る舞うべき」という外部基準に従って行動する
・自分の価値観ではなく、他人の価値観で判断する
つまり、外部の刺激や他者の評価に反応し続けている状態。
これは先ほどの土運びの拷問と、本質的には同じ構造なんです。
自分の内側から湧き出る意味や価値ではなく、外部から押し付けられた基準で動いている。
だから、どれだけ頑張っても虚しく、エネルギーだけが奪われていく。
僕が20年間、葬儀の仕事を続けてこられた理由
振り返ってみると、僕は仕事で無意識のうちに、ある重要なことをしていました。
・自分の果たすべき使命に集中する
・周りから期待される役割ではなく、自分がどうしたいかを問いかける
・他人のスタイルではなく、自分なりのスタイルを確立する
・表面的な楽しさではなく、自分が見出した意義や価値を大切にする
全てに共通するのは、外部ではなく、内部に基準を置くということ。
僕は葬儀を「人間教育の場」と捉え、そこに自分なりの意味を見出しました。
遺族の方々に寄り添い、故人との最期の時間を意味あるものにする。
それが自分の使命だと確信し、これまでやって来ました。
この「自分の内側に見出した意味」に集中することにより、僕は外部の余計な刺激に振り回されなくなった。
他人の評価や期待という外部基準ではなく、自分の使命という内部基準で動く。
その結果、同じように人と接していても、エネルギーの消耗を圧倒的に減らすことができたのです。
内向的なあなたが、疲れなくなるために
もしあなたが今、人といて疲れやすいと感じているなら、こう自問してみてください。
「私は今、誰の基準で動いているだろう?」
「私は本当は、どうしたいんだろう?」
「この行動に、私自身はどんな意味を見出せるだろう?」
周りの期待に応えることが、決して悪いわけではありません。
でも、何も考えずにそれだけで動いていると、あなたは土を運び続ける囚人と同じになってしまう。
自分の内側に軸を持つ。
自分なりの意味や価値を見出す。
そして、その軸に沿って行動する。
これは「わがままになれ」という話ではありません。
自分の内側に不動の軸を持つことで、初めて他者に本当の意味で貢献できるようになるという話です。
僕が遺族の方々に心から寄り添えるようになったのは、「周りから期待される葬儀屋さん」を演じるのをやめて、“葬儀は人間教育の場だ”という「自分が信じる葬儀の形」を追求し始めてからでした。
内向的であることは、弱さではない
内向的な人は、深く考え、深く感じることができます。
表面的な会話ではなく、本質的な対話を求めます。
多くの人と浅く付き合うより、信頼できる少数の人と深く繋がることを好みます。
これは弱さではなく、あなたの強みです。
ただ、その強みを発揮するには、外部基準ではなく内部基準で生きる必要がある。
他人の期待という外の声ではなく、自分の使命という内なる声に耳を傾ける。
そうすれば、人といても疲れにくくなるだけでなく、あなたの持つ深い洞察力や共感力が、初めて本当の力を発揮し始めます。
もしあなたが今、人といて疲れることに悩んでいるなら。
それは変えるべき弱点ではなく、活かされるべき個性から発せられたサインかもしれません。
全ては、自分の内側に軸を持つことから始まります。
仁より
■ご参考までに:具体的な実践のヒント
①一日の終わりに自問する
「今日、私は誰の基準で動いていた?」
「今日、私が本当にやりたかったことは何?」
②小さな選択から、自分基準を取り戻す
ランチを選ぶとき、「みんなが行くから」ではなく「私が食べたいから」
会話で意見を求められた時、「無難な答え」ではなく「私の本音」
③エネルギーが奪われる場面を記録する
どんな人、どんな状況で疲れるか?
そこには「外部基準で動いている」パターンが必ずと言っていいほど隠れています。
④一人の時間を確保する
内向型の人は、一人の時間でエネルギーを回復します。
だから誰にも1ミリも遠慮することなく、ぜひ意識的に一人の時間を作るようにしてください。
