葬儀の仕事をしていると、「死」に近い場所に身を置くことが日常になる。
それが当たり前になりすぎて、たまに忘れてしまうことがある。
この場所は同時に、「生」がとても鮮明に浮かび上がる場所でもある、ということを。
もう20年ぐらい前のことだろうか。
あの夜のことは、今でも時々思い出す。
その日はとにかく忙しい一日だった。
担当の葬儀が終わるや否や、他の会館から応援要請が入り、片付けもそこそこに車を走らせた。
応援先の通夜を無事に終えたあと、今度は自分の会館に引き返して後片付けの続き。
僕はある女性スタッフと二人で会館へ戻り、黙々と掃除をし始めた。
片付けが一段落ついたのは、夜の10時を回った頃だろうか。
事務所の椅子に腰を下ろして、ようやく一息ついた。
その時だった。
事務所の裏口から、静かなノックの音がした。
トン…トン…
おかしい、と思った。
その入り口を知っているのは、職員や関係者だけだ。
しかも職員なら、ノックなどせずに入ってくる。
お客さんが来る時間でもない。
そもそも今夜、会館を利用しているお客さんは一人もいない。
違和感を飲み込みながら、ゆっくりとドアを開けた。
そこに立っていたのは、中学に入ったばかりくらいの、あどけない顔をした男の子と女の子だった。
少し驚きつつ事情を聞いてみると、二人は家出の途中だった。
友達の家に泊まるつもりで向かっていたが、何度電話してもその友達に繋がらない。
困り果てて辺りを見回したとき、目の前に葬儀会館の明かりが見えた。
だから、ドアを叩いてみたとのこと。
「今夜、泊めてもらえませんか」
あどけない顔で、男の子がそう言った。
一緒にいた女性スタッフが、僕の耳元でそっとつぶやいた。
「面倒だから、早く追い返しなよ」
その気持ちも、わからなくはない。
でも、僕はそうしなかった。
正直、難しいことは何も考えていなかった。
ただ、胸の中で何かがはっきりと言っていた。
この子たちを今夜ここで放り出してはいけない、と。
それだけだった。
理屈でも経験でもなく、人としての感覚がそう言っていた。
とは言え、会館に泊めてあげることはできない。
何か良い解決策はないものだろうかと、僕は彼らと一緒に解決策を考えた。
すると、しばらくしてから男の子の携帯が鳴り始めた。
どうやら友達と連絡が取れたようだ。
帰り際、二人は揃って深くお辞儀をした。
「ありがとうございました」と、本当に嬉しそうな笑顔で。
その笑顔が、やけに眩しかった。
死に近い場所で毎日を過ごしているせいか、生き生きとした笑顔というのが、ことさら鮮やかに見えることがある。
二人が出ていってすぐ、心配になって僕も外に出た。
夜道を二人で歩かせるには、やはり気になる。
せめて家の近くまで送っていこうと思って。
…でも、どこにもいない。
会館の出口は一本道で、隠れる場所もない。
さっきまであそこにいた二人が、どこにも見当たらない。
慌てて周りを見回したが、人の気配すらなかった。
あの子たちは、一体何だったのだろう。
あの子たちがどこへ消えたのか、今も分からない。
でも僕はこう思うことにしている。
死の場所というのは、生を終わらせるだけの場所ではない。
時に、生きることに迷った人が立ち止まり、また歩き出すための場所にもなる。
あの夜の会館が、二人にとってそういう場所だったなら、それでいい。
そう思う。
