♯76『分かり合おうとするから疲弊するー同じ空間にいても、僕らは違う世界線で生きているー』 | Life Compass

♯76『分かり合おうとするから疲弊するー同じ空間にいても、僕らは違う世界線で生きているー』

「なんで分かってくれないんだろう」
「どうしてこの人は、私の考えを理解しようとしないんだろう」

人間関係で疲れる時、僕たちは無意識にこう思ってしまう。
そして、相手を変えようとしたり、自分を無理に合わせようとしたりして、すり減っていく。

僕自身、長い間そうでした。

 

「同じであること」を強いられた人生

幼い頃から、僕にとって父は絶対的な存在でした。
「ワシの言うとおりにしろ」
父の意向に100%従うことが、我が家のルールでした。

就職してからも、体育会系のブラックな会社に入り、状況は変わりませんでした。
「俺の指示が絶対に正しい。お前の思考回路を俺と全く同じにしろ。」
上司や先輩の命令は絶対。

こうして僕は、「周りと同じ価値観・思考回路じゃないといけない」という価値観に、完全に染まっていったのです。

分かり合えない相手がいると、一生懸命理解しようとしました。
相手の考えや価値観に無理に合わせたり、逆に相手を自分の価値観に合わせさせようとしたり。
その結果、互いに疲弊する…そんなことを繰り返していました。

 

「違う世界線で生きている」という気づき

転機が訪れたのは、ある知り合いの男性の何気ない言葉でした。

その人は筋トレが大好きで、まさにボディビルダーのようなムキムキの体をしています。
ある日、太ったある友人の男性の話題になった時、彼はこう言ったのです。

「別に太るのはその人の自由だし、思うように生きればいいと思うよ。
もちろんそれを否定するつもりも全くないし。
でも僕にはその感覚が理解できない。
なぜなら彼とは違う世界線で生きているから。
僕の世界線の中には”太る”という概念がないから、よくわからない。
でもだからといって彼(太った男性)とは友人だし、仲も良いよ。
理解し合えない部分を無理して分かり合おうとぶつかる必要は無い、理解し合える部分で付き合っていけばいいんだよ。」

この言葉が、僕の中で何かを解放しました。

同じ時間・同じ空間で過ごしていても、違う世界線で生きている。
だから分かり合えない部分もあるし、それを無理に分かり合う必要もない。

無視するわけでも、否定するわけでもない。
でも、ただ違う世界線で生きている。

異なる価値観、異なる人生の目的、異なる方向性で生きているのだから、瞬間的に交わることはあっても、完全に重なり合うことはない。

そう考えるようになってから、僕は無理に価値観や信念を合わせることをしなくなりました。
これは他人に対してだけでなく、家族や身近な相手に対しても。

 

一歩離れた位置から、相手を尊重する

この視点を持つようになって、私の人生は大きく変わりました。

 

・例えば葬儀の現場では

葬儀業界には、
「それは一般的な葬儀の形としては、おかしいですよ」
「こうするのが普通ですよ」
と、上から目線でお客さんに教えようとする人が少なくありません。

その結果、葬儀自体は無事に終わっても、思うようにさせてもらえなかったご遺族には不満が残り、それがクレームにつながったり、二度と依頼してくださらなくなったりする場面を、僕は何度も見てきました。

その結果、僕はこう考えるようになりました。
「正解は、ご遺族の中にある」
「ご遺族にとっての正解が、その葬儀にとっての正解」

ご遺族の想いを中心に据えて葬儀を組み立てる。
もちろん、非現実的なことや大変な事態に発展する可能性があれば、それを回避しつつご納得される道筋を提案していきます。

でも基本は、僕らの常識や価値観ではなく、ご遺族の世界線の中で、ご遺族が望む形を実現できるようサポートする。
そう考えるようになってから僕は、ご遺族が本当に必要としていることを言語化し、最適な提案をしてあげられるようになっていきました。

 

・例えば子育てでは

子供の人生は親のものではなく、子供自身のもの。
だからまず、子供自身がどうしたいのか、安心して自己主張できる場を作ってあげる。
そうやって出てきた子供の考えや想いを、否定せずきちんと受け止めてあげる。
そして、それを実現できるようサポートし、全力で後押ししてあげる。

もし道を外しそうなことがあれば、あくまで僕個人の意見として
「もし仮にお父さんだったら、こうするな、こう考えるな」
と、一つの意見として提案していく。

これによって子供とは幼い頃から対等の関係として、互いの意見を言い合える良好な関係を築くことができています。

 

・例えば職場や人間関係全般では

この視点を持って周りと接するようになってから、人とぶつかることが激減しました。
人からの悩み相談や会議の場でも、冷静に状況を整理したり、アドバイスしてあげられるようにもなりました。

一歩離れた位置から、相手の世界(価値観や生き方)を尊重してあげられる。
相手を静かに見守ってあげられる。

 

「操る」から「手助けする」へ

この視点を持ち始めてから、僕の考えはどんどん変わっていきました。

『他人は自分の都合のいいように操れない。
いや、操ろうとすべきではない。
僕たちはそれぞれ違う世界線で生きているのだから、その人の生きる世界線で、いかにその人らしく生きられるように手助けしてあげるかが大事なんだ。』

多くの人間関係の疲弊は、無意識のうちに相手を「自分の世界線に引き込もう」「自分の価値観に合わせさせよう」とすることから生まれます。
でも、相手には相手の物語があり、その物語の主人公は相手自身なのです。

あなたは今、誰かを理解しようと、無理をしていませんか?
誰かに理解してもらおうと、自分を押し殺していませんか?

もしそうなら、少し距離を置いて、こう考えてみてください。
「この人は、違う世界線で生きているんだ」

それは冷たい突き放しではありません。
相手の存在そのものを肯定し、尊重することです。

瞬間的に交わることはあっても、完全に重なり合う必要はない。
理解し合えない部分を、無理して分かり合おうとぶつかる必要はない。
理解し合える部分で、付き合っていけばいい。

そう思えた時、きっと人間関係はもっと楽に、もっと豊かになると、僕は経験上そう確信しています。

仁より