♯78『人の目を気にしなくなったら、周りからの評価が上がり始めた件』 | Life Compass

♯78『人の目を気にしなくなったら、周りからの評価が上がり始めた件』

僕は子供の頃から、いわゆる「出来の悪い子」だった。

三人きょうだいの末っ子として生まれた僕の上には、どんな壁にもひるまず突き進んでいくチャレンジャーの兄、常に冷静沈着で周りから絶大な信頼を寄せられる姉がいました。

そして、何をやらせても遅く、何をやらせても中途半端で、いつも上の二人に助けられてばかりの落ちこぼれの末っ子である僕。
そしてそんな僕は、毎日のように完璧主義の父から叱られ、ダメ出しをされ続けていた。

「僕は周りに迷惑をかけるだけの存在だ」
「僕はいつもみんなの足を引っ張っている」

その感覚は、気づかないうちに僕の骨の髄まで染み込んでいた…

 


社会人になってからも、その感覚は消えることはありませんでした。

仕事でうっかりミスをする。
そのミスがばれて怒られるのが怖くて、焦ってごまかそうとする。
そしてさらに状況を悪化させる。

学生時代には、絵画の展示場で販売員の口車に乗せられ、100万円以上もする絵画購入の契約をさせられたこともある。
父がすぐに気づいて無事解約してくれましたが。

もう、周りの人間も呆れ果てていたと思う。
普通に考えればわかるはずなのに、いつも判断を誤る、いつもおかしなことばかりをする。

でも今思えば、それも当然だと思う。
あの頃の僕は常に「相手の機嫌を損ねてはいないだろうか?」「また迷惑をかけていないだろうか?」ということばかりを考えていた、というかそれしか考えていなかった。

そんな状態で、ものごとを冷静に判断できるわけがない。
あの頃の僕には、目の前のことに集中できる余白など1ミリも無かった。

 


人生の転機は、ある“1つの気づき”でした。

「人は、自分が思っているほど他人のことを見ていないし、気にもしていない。」
このことに気づいてから、世界の見え方が音を立てて変わり始めた。

当たり前の話ですが、人が一番興味を持っているのは、自分自身のこと。
以前の僕は、いつも誰かが僕のことを監視している、そんな感覚を持っていた。

でも、誰も僕のことなどジッと見ていない。
基本的に人は、誰もが自分の人生が大切であり、他人の人生にはそれほど興味はない。
自分にとって本当に大切な相手じゃない限り、その人間の人生が上手くいこうが失敗しようが関係ないし、気にもしていないのです。

自分の人生の主人公は自分であり、その責任を負えるのも自分だけ。
いくら他人の目を気にして遠慮しながら生きても、またいくら失敗を周りの誰かのせいにしても、誰も代わりに僕の人生を背負えるわけではない。
どんなことになっても、僕の人生は僕が背負うしかない。

つまり人の目を気にし続けることは、僕の人生にとって何のプラスにもならない。
それどころかマイナスでしかない。

その事実が腑に落ちた時、僕の人生は動き始めた。

 


ここから僕の現実に、面白いことが起こり始める。

他人の機嫌を気にするのをやめた途端、複雑だった問題がシンプルに見えるようになった。
問題を前にしても、「では具体的に今、僕は何をすればいいか?」が明確に見える。

また他人の話や説明を聞いていても、内容が驚くほどスッと頭に入ってくる。
仕事のミスも激減し、頭の回転がみるみる早くなっていく。
まるで僕のあらゆる能力が、同時多発的に上がったような感覚――

とは言っても、もちろん僕の能力が上がったわけではない。
もともとそこにあった本来の能力が、ただ解放されただけ。

つまり自分の感情に振り回されなくなったことにより僕は、自分を取り巻く状況が手に取るように見えるようになった。
仕事でも、無駄なことに気を取られず自分のやるべきことだけに集中できるから、判断もより早く、より正確になる。
人と話してても、「相手が何を言いたいのか?」に集中できるので、話の飲み込みも早くなる。

単に感情に振り回されなくなっただけで、僕の世界はまさに音を立てて動き始めた。

 


ここで一つ、重要なことを伝えたい。

「人の目を気にするな」と言うのは簡単です。
でも、長年それで生きてきた人間に「気にするな」と言っても、やはりすぐには変われない。

僕が変われたのは、ある意味で「気にし続けた」からだと思っています。

他者の感情を過剰に観察し続けた結果、人の本性が次第に見え始めた。
自信満々に見える人が、実は内心焦っていたり。
強がっているように見える人が、ただ虚勢を張っているだけだったり。

つまり、みんな自分のことで必死だということ。
他者を観察し尽くした先に、「人は思ったほど他人のことを見ていない」という真実が見えた。

あなたのその繊細さ、その気の遣い過ぎは、無駄ではないということ。
それを突き詰めた先に、自身の解放があるのです。

 


では、具体的に何をすればいいか?

1つだけ、あなたに提案したいことがあります。

何か問題が起きた時、まず自分に問いかけてほしい。
「これは自分が解決すべき問題か、それとも相手が解決すべき問題か」ということを。

判断に迷ったら、こう考えてみてほしい。
「この問題を放置し続けた時、最終的に困るのは誰か?」

例えば勤務中に上司が、怒りながら部下であるあなたに仕事の命令をしてきたとする。
ではその命令を放置することによって、最終的に困るのは誰か?

きっとその上司自身です。
なぜなら結果を出せなければ、その責任を負うのは上司。
つまりこれは部下のあなたではなく、上司自身が主体となって向き合わなければならない問題ということ。

とはいっても、上司の命令を聞かなくてもいいと言ってるわけではありません。
仕事とは、みんなで協力し合って完成させていくもの。

ですが、その上司の怒りの感情に付き合う必要は無い。
怒りの感情自体は上司本人が自分で処理すべき問題であって、あなたが引き受けてあげる必要は無い。

あなたがやるべきことは感情に引っ張られることではなく、「今、自分にできること・やるべきことは何か?」をシンプルに考えること。

最初はうまくいかなくていい。
ただ、問いかけるクセをつけることから始めてほしい。

「放置したら、困るのは誰か?」
「その問題を最終的に背負わなければならないのは、誰か?」

これによって、目の前の状況を整理して冷静に眺められるようになる。
僕がそうであったように、この問いがきっとあなたの頭の使い方を少しずつ変えていってくれると信じています。