#84『いい人をやめたら、最悪の事態は何も起きなかった。』 | Life Compass

#84『いい人をやめたら、最悪の事態は何も起きなかった。』

僕は幼少期よりスポーツをやっていたため、体力には自信があった。
初めて入った就職先は体育会系の超ブラックな会社で、酷い時は数日間まともに睡眠も取らせない、労働基準法をまるで無視したかのような会社でしたが、それでもしんどいと思ったことはなかった。

でもある時から、僕はなぜか妙な疲れを感じるようになった。
確かに若い頃とずっと同じように動き続けることはできない。
またベテランになれば、部下や後輩に指示を出したりフォローしたりなど、頭も働かせなければならない。

でも当時の僕を最も消耗させていたのは、実はそのどちらでもなかった。
僕の疲労の一番の原因、それは感情労働です。


もともと僕は、人の感情を読み取ることをやめられない人間。

誰かの顔色が曇ると、すぐに気づく。
場の空気が変わると、体が先に反応する。
人の感情の変化を察知し、適切な対応をする。
それが習慣というより、もはや本能に近かった。

経験も積み、ある程度の立場になってからは、それが仕事となった。
社内の人間の感情を調整しながら、意見をまとめていく。
摩擦が起きて人間関係がギクシャクしないよう、間に入り調整する。

自分の意見や気持ちに構ってる暇など、もちろん無い。
いつもそうやって、僕はその場をうまく回してきた。

そしてある日突然、僕の心は限界を迎えた。
もう何もする気も起こらなくなった。


なぜ僕は、こんなにも自分を追い詰めてまで頑張り続けてきたのか?
根が真面目だから?
人一倍、責任感が強いから?

いや、きっとそうじゃない。
それもあるかもしれないが、根底にあったのは“恐怖心”。

他人から、優しい人、親切な人、頼りになる人だと思われたい。
そして冷たい人間、薄情なヤツ、役立たずの無能だと指さされたくない。
そんな恐怖心が、僕を動かしていた。

かつての僕は自己肯定感が低く、自分が周りのみんなの足を引っ張ってしまっていると思い込んでいた。
だから僕は人一倍空気を読んで、みんなに迷惑をかけないようにちゃんと立ち回らなければいけない。
もし身近な人間の機嫌が悪くなったなら、きっと僕のせいだ。
だから常に誰かの役に立ち続けていないと、僕にはもう存在価値がない。

本気でそう思っていた。
だから僕はずっと、いい人を演じ続けてきた。


でも僕は、自分でも気づいていた。
いい人を演じ続ける限り、この状況は何も変わらないことに。
この息苦しさは、永遠に終わらないことに。

この職場は、僕が空気を読んで立ち回っているお陰で、何の問題もなく上手く回っている。
でも、本当にそうだろうか?
僕がいなければ、この職場は本当に機能しなくなるのだろうか?
もしかして、ただの思い込みではないのか?
僕は自分の居場所を確保するために、自分でそれらしい役割を作り出していただけかもしれない…


僕はある時から、いい人でいることをやめた。
愛想笑いをやめ、他人に同調するのをやめ、他人に都合よく動いてあげるのをやめた。

正直言って、最初は怖かった。
いい人をやめることによって、周りが僕に対して冷たくなるのではないか。
今まで築き上げてきた信頼関係が、壊れるかもしれない。
仕事が回らなくなり、職場も混乱するかもしれない。
もしかすると、自分の居場所を失うかもしれない。

でも実際には、何も起こらなかった。

僕を都合よく利用していた一部の人間にとっては、少々面白くなかったかもしれない。
でも、それだけだった。

周りはそれぞれ、自分の人生を生きている。
仮に僕が、相手にとっていい人であろうとなかろうと、人は機嫌が悪い時は悪いし、僕に関係なく自分の意志で自分の人生を楽しんでいる。

実際には、みんな自分の人生を生きるのに精いっぱいであり、他人のことをそれほど気にしていない。
僕が想像していたような最悪の事態など、何一つとして起きなかった。


周りに気を配り、場の空気を調整し、時には仲間の抱えきれなくなった感情の処理もしてあげる。ここまで話を聞いてくださってるということは、あなたも職場などで“感情労働”を強いられている側の人でしょうか。

ではあなたがその感情労働をやめてしまったなら、どうなるか?
実際に僕が感情労働をやめたら、その穴を埋めるように組織は自然と形を変えていった。

僕がやらなければ、別の誰かがやる。
また、誰もやらなければやらないで、別の形で適応していく。
何事もなかったかのように、会社はちゃんと回り続ける。

僕が無理に背負う必要なんて、最初からなかった。
とはいえ、会社や組織に属する以上、多少の調整は必要でしょう。
でも、僕らが他人の感情の処理までしてあげる必要はない。

相手の機嫌が良かろうが悪かろうが、相手の人生であり、それは相手が向き合うべき課題。
仮に僕の発言で相手の機嫌が悪くなったとしても、それはその相手の受け止め方や解釈の仕方がそうさせているだけ。

とは言え、わざわざ相手の神経を逆撫でするような態度や言い方はもちろんしない。
相手の気持ちを僕なりに真剣に考え、互いに理解し合えるようにできる限り努力はする。
それは当たり前のこと。

でも、それでも伝わらないなら、もう仕方がない。
そこから先は相手自身の問題であり、こちらが頭を悩ませることではないし、こちらが背負うべきことでもない。


他人の感情の処理係をやめてから、僕は初めて自分の感情と向き合えるようになった。

自分が何を感じているか。
自分が何をしたいか。
ずっと後回しにしてきたそれが、やっと見えるようになった。

いい人をやめることは、冷たい人間になることではない。
自分の責任において、自分の人生を、自分の足で歩くこと。

きっと人生が、面白くなる。

仁より