#97『あなたの記憶は、あなたに都合よく書き換えられている』 | Life Compass
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#97『あなたの記憶は、あなたに都合よく書き換えられている』

「あの時、たしかにこう言ったよね?」
そう聞かれて、「え、そうだっけ?」と戸惑った経験はないでしょうか。

「記憶は事実をそのまま録画したものだ」と、僕らは無意識のうちにそう思い込んでいます。
でも実際はまったく違う。

20数年、葬儀の現場に立ち続けてきた僕から言えることがあります。
それは、人の記憶ほど当てにならないものはない、ということ。


■同窓会で出会った、別人のようなA君

これは、知り合いから聞いた話です。

学生時代の同窓会があり、久しぶりの顔ぶれに混ざって、A君という男がいました。

当時、A君は気弱なおとなしい性格で、いわゆるイジられキャラでした。
周りからよくからかわれ、実際に軽いいじめも受けていた。

ところがその日のA君は、みんなの輪の中で、自信満々な表情で堂々とこう言っていたそうです。
「ところで俺たちも、あの頃はずいぶんヤンチャしてたよな」

聞いていた知り合いは、思わず違和感を覚えました。
「は?あいつ、そんなキャラだったっけ?」と。

そういえばこのA君、途中で転校し、転校先ではヤンチャなキャラとして通っていたとの噂があった。
おそらく、その転校先でのキャラのほうが「本当の自分」として、A君の記憶の中に定着していったのでしょう。

いじめられていた過去は、今の自分のキャラクターと矛盾する。
だから無意識のうちに書き換えられた。
そしてA君自身も、そのことにまったく気づいていない。
彼の中で、彼自身も気づかないところで記憶の改ざんが行われていたのです。


■僕の職場でも、同じことが起きていた

似たようなことは、僕の職場でも起きました。

以前に僕が、電話口でお客さん対応をしていた時のこと。
その日電話をかけてきたお客さんは天然ボケのとても面白い人で、時間を忘れて話は盛り上がってしまいました。
それで、その電話を切った後、この面白い話を僕だけで抱えるにはもったいなさすぎると思い、その内容を同じ職場の男性上司にシェアしたことがありました。

それから数日後、その日はその男性上司のお気に入りである女性パートさんが出勤してくる日。
上司は朝から上機嫌で、女性パートさんと夢中でおしゃべりしていました。

それで、話はとても盛り上がっていたのですが、話の内容自体がどうも、どこかで聞いたことのあるような気がする。
というか、間違いなく僕が以前に電話口でお客さんと盛り上がった時の話なんですね。

それ自体は別にいいのですが、なぜかその話の中で電話をしていたのは僕ではなく、上司自身になっている。
つまり僕の話のネタを盗んで、そのままソックリ自分の話にすり替えてしまっているわけです。
しかも僕の前で、堂々と。

それに気づいた僕は、さすがに「おいおい、ちょっと待てよ」とは思いましたが、この上司は悪意があったわけではないと思います。

ただ、話を人に語るうちに、いつの間にか自分が主役の物語にすり替わっていた。
そしてそのことに、この上司本人も気づいていない。
つまり無意識レベルで記憶が改ざんされていた、ということ。


■記憶は「録画」ではなく「編集」である

この二つのエピソードには、実は共通点があります。

「人は、目の前の出来事をそのまま記録しているのではなく、自分にとって都合のよい物語になるように、無意識に加工している」ということ。

必要な情報は残し、都合の悪い情報は削る。
また、曖昧な部分は、辻褄が合うように勝手に創作する。

しかも厄介なのは、その改ざんに本人がまったく気づかないという点です。

悪意を持って嘘をつく人間は、まだわかりやすい。
嘘だという自覚があるからです。

でも、自分でも気づいていない嘘は、指摘されても本人は本気で否定します。
なぜなら本人の中では、それが紛れもない事実だからです。


■だとしたら、大事なのは「事実」ではない

ここまで考えると、一つの結論にたどり着きます。

誰が何をしたか、誰が何を言ったか。
そういう客観的な事実よりも、それを相手がどう受け止め、どう解釈したか。
それこそが、その人間にとっての「真実」になるということです。

僕たちは、つい「事実はこうだったのに」と正しさを主張したくなります。

でも相手の記憶の中では、すでに別の物語ができあがっている。
その物語を土台にして、相手は生きている。

だとしたら、僕たちにできることは、事実を突きつけて相手に訂正させることではない。
「相手の中では、そう見えているんだな」と、まず認めること。

そして自分自身の記憶についても、同じように疑ってかかることです。
「自分の記憶も、きっとどこかで都合よく編集されている」と、前提として持っておくこと。

それだけで、人と話が噛み合わない時のイライラは、驚くほど減ります。
相手が間違っているのではなく、相手にはそう見える理由がある。
ただそれだけのことだからです。

自分の記憶さえ、疑ってかかる。
そのくらいの余裕と謙虚さが、心地の良い人間関係をつくっていくのだと思います。

あなたは、どう思います?