#91『理解されることをやめたら、人生が音を立てて動き始めた件』 | Life Compass

#91『理解されることをやめたら、人生が音を立てて動き始めた件』

「人から認められたい」
「周りに受け入れてもらいたい」
「みんなから必要とされたい」
かつての僕は、承認欲求のとても強い人間でした。

しかし人間理解を深めていった結果、僕がたどり着いた答えは「いかに認められるか?」ではなく「分かってほしいという気持ちを諦める」だった。
いや、諦めるというより、手放したと表現したほうが正解だろうか。

これにより僕の人生は、思わぬ方向に動き始めることになる。


そもそもの話、他人を完全に理解することはできない。
たとえどれだけ言葉を尽くして説明しても、相手はその人間の経験や価値観というフィルターを通して受け取る。
また、表情、声色、タイミング、文脈…ちょっとした要因で、伝わり方も変わる。

つまりコミュニケーションの誤解は、構造的に起きるものであり、ある意味避けようがない。
それなのに多くの人が「必ず分かってもらえるはず」と信じて、必死に説明し続ける。

そうやって空回りして、疲れ果てて、勝手に絶望する。
かつての僕も、そうだった。


でも冷静に考えてみてほしい。
あなたの人生に関わる全ての人から、あなたは理解される必要があるだろうか。
目の前の相手に誤解されたら、あなたの人生は本当につらく苦しいものになるだろうか。

おそらく、ならない。
「人から理解してもらえないと、どこにも自分の居場所がなくなる。人生が詰んでしまう。」
その感覚は現実ではなく、実は単なる自分の思い込み。

おそらく僕は、一部の人間から「扱いにくい」「理解しがたい」と思われている。
誤解されている部分も、きっと多くあると思う

でも僕は、あえて自分から誤解を解こうとしない。
むしろ誤解されたままの状態を、楽しんでさえいる。

なぜか?

その人たちは、僕の人生に本当に必要な人物か?と言われれば、多くの人が仮に縁が切れてもそれほど困らない人たちだったりする。

そんな相手から理解されようと労力を使うことに、意味があるだろうか?
ただ消耗するだけで、何か特に報われることもない。
だったら最初から、割り切ればいい。


しかし「他人から理解されたい気持ちを手放す」ことには、意外なデメリットもある。
それは「理解されることをやめるほど、逆に相手の好奇心を刺激し、むしろ相手の興味を引く結果になってしまう」ということ。

例えば恋愛でも、付き合い始めは相手のことを何も知らないから、どんどん相手に惹き込まれていくが、もう何年も一緒にいると相手のことを知り尽くしてしまい興味が薄れていく、みたいなことがある。
そんなところに素敵な異性なんかが現れたら、一瞬で目移りしてしまう。

また手品でも、そのカラクリがわからないと不思議で仕方ないが、ネタがわかってしまうと途端に興味を失う、みたいな。

そう、あなたが自分を理解してもらおうと一生懸命に自分のことを説明すればするほど、相手はあなたに対する興味を失っていく。
相手があなたのことを知れば知るほど、相手にとってあなたはどこか”消費された存在”になっていくということ。

むしろ、どこか分からない、いまいち理解できない、不思議と掴みどころがない。
そんなミステリアスな余白が相手の興味を引き、むしろ人を引き付ける。

そして厄介なのが、それが気の合う相手だけでなく、自分にとって好ましくない人間も引き寄せてしまうという点。
残念ながら、相手は選別できない。


本当に大切な人だけが、気にかけてくれている。
僕は、それだけで十分。

他人から理解されることを手放してから、まさに僕の人生は音を立てて動き始めた。
おそらく、これまで周りに理解してもらおうと消耗していたエネルギーが、 自分に戻ってきたからだろう。

周りに気を遣わなくなった、たったこれだけで感情が落ち着きを取り戻し、やるべきことに驚くほど集中できるようになった。
そして、仕事でもプライベートでも、次々と望む結果が出始めるようになった。

僕らが生きられる残りの時間は、限られている。
その時間、そのエネルギーを、本当に大切な人のために、そして自分の本当にやりたいことのために使う。

その瞬間から、あなたの人生は、きっと音を立てて動き始める。

仁より