学生時代、僕には忘れられない場所がひとつあります。
そこは、地元では名の知れたキャンプ場でした。
昼間は家族連れで賑わい、子どもたちの声が響くような、なんの変哲もない場所です。
けれど、そのキャンプ場を一番上まで登っていくと、景色が変わります。
行く手を阻むかのように、突然5メートルはあろうかという大きな鉄のフェンスが現れる。
日が暮れ始めると、昼の賑わいとはまるで切り離されたその境界線の向こうが、地元の若者たちの間で語り継がれる肝試しの舞台でした。
ある日の夜、友人たちと集まっていると、その中の一人が「例のキャンプ場へ肝試しに行こう」と言い始めました。
そこで、僕らは男友達5、6人でそこへ向かいました。
真っ暗な中、あの高いフェンスをよじ登り、奥へと進んでいく。
今はもう使われていないであろう、古ぼけた気味の悪いトンネルを3つほど潜り抜け、僕らはキャンプ場の頂上までたどり着いた。
頂上付近には、僕らと同じように肝試しにやってきた別のグループもいて、楽しそうにワイワイ騒いでいる。
結局、何も起こらず、「なんだ、幽霊が出るなんて、やっぱりただの噂か」と言いながら、僕らはキャンプ場を後にしました。
■数日後、別のグループに起きたこと
僕らが「何もなかったな」と笑っていた数日後、今度は別の友人グループが、男女入り混じったメンバーで同じ場所を訪れました。
例の、あのフェンスをよじ登り、奥へと進んでいく。
最初は僕らと同じように、何の異常もなかったそうです。
けれど、しばらく歩いたところで、グループの中の一人の女の子の様子がおかしくなり始めた。
突然真っ青な顔になり、ガタガタと震え出す。
友人たちが「おいっ、大丈夫か⁉」と声をかけると、その子は突然、まるで男のような声でこう怒鳴ったといいます。
「帰れーーっ‼」
友人たちは泡を食って、彼女を抱えるようにキャンプ場を後にしたそうです。
数日後、その友人と会うと、彼は真っ青な顔でこう言いました。
「あそこへは、絶対に行くなよ。冗談じゃすまなくなる」
■数年後、フェンスの前で鳴ったサイレン
それから数年が経ち、僕はすでに学生ではなく、葬儀業界の人間になっていました。
それで、たまたま仕事でそのキャンプ場の近くを通りかかることがあり、ふと足が向きました。
懐かしさ半分、そして確かめたい気持ち半分。
車であのフェンスの近くまで行き、僕は車を降りた。
そして恐る恐る、あのフェンスに近づいていく。
すると、侵入者を拒むかのように、突然ものすごい音のサイレンが鳴り響きました。
これはまずい。
そう直感して、僕はすぐに引き返しました。
結局、あの場所が何だったのか、今でも僕は分からないままです。
■死の匂いを纏うということ
以前、火葬場での不思議な体験を書いたとき、僕はこんなことを言いました。
人は普通の日常を生きるために、必要のないものを「見えないようにする」フィルターを持っている。
しかし死という領域に長く身を置くと、そのフィルターを失っていくのかもしれない、と。
今回の話を振り返って思うのは、あの日のサイレンは、おそらく施設側が設置した、ごく普通の防犯装置だったのでしょう。
心霊現象でも何でもない、ただの合理的な仕組み。
けれど、それでも僕は、あの音を、そしてあの場の空気を「まずい」と直感的に感じた。
学生の頃、フェンスをよじ登った僕は、まったく何も感じませんでした。
怖いもの知らずもあったのかもしれませんが、おそらくはまだ、死の輪郭を知らなかったから。
葬儀の仕事を20年以上続けてきて、僕は数えきれないほどの「境界」を見てきました。
生きている人と、亡くなった人の境界。
今日と明日の境界。
あちらとこちらの境界。
その境界線に何度も立ち会ってきた者だからこそ、あのサイレンの音や、場の雰囲気に、理屈を超えたところで「帰れ」という声を聞いた気がしたのかもしれません。
友人グループの女性が発したという「帰れ」という言葉と、数年後に僕が浴びたサイレンの音。
この二つは、たぶん何のつながりもありません。
ただの偶然です。
でも、境界線というものは、越えていい時と、越えてはいけない時があるのだと、僕はあの日、理屈ではなく肌で理解しました。
■越えてはいけない一線を、僕らは持っている
これは心霊現象の話ではなく、僕らの生き方の話でもあると思っています。
人間関係にも、仕事にも、越えていい一線と、越えてはいけない一線があります。
若い頃の僕は、その線がどこにあるのか分かりませんでした。
分からないまま踏み越えて、自分が傷ついたり、人を傷つけたりしたことも、一度や二度ではありません。
けれど、多くの「境界」に立ち会ってきた今なら分かります。
踏み越える前に、たいてい何かしらの「サイン」が鳴っているのです。
胸のざわつきだったり、直感的な違和感だったり。
問題はそのサインを、僕らがちゃんと聞き取れているかどうか、です。
あの夜、「帰れ」と叫んだ女の子の声を友人たちはちゃんと聞き取って、その場を後にした。
僕もまたサイレンが鳴った瞬間、場を支配する異様な空気を感じ取って、すぐに引き返した。
それでよかったのだと、今は思っています。
